次世代型革新高出力蓄電池
「金属触媒フリーリチウム空気電池」の開発

伊藤 良一
(東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 助教、現在、筑波大学 数理物質系 准教授

2015年12月30日水曜日

論文紹介:ナノ多孔質グラフェンにポリピロールを担持したスーパーキャパシタ

 今回、東北大学東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)で研究を進めている3次元ナノ多孔質グラフェンにポリピロール(導電性ポリマー)を担持したスーパーキャパシタの開発に成功しました。今回の論文は私が指導を担当している学生のうちの一人で博士学生2年生の論文です。
 私はスーパーキャパシタは専門外なのでNEC/TOKINの説明を引用すると、「電気二重層コンデンサ(スーパーキャパシタ)は数十ミリファラッド以上の非常に大きな静電容量を有し、充放電サイクル特性、急速充放電に優れ、また、広い温度範囲、環境に優しいという特徴をもつ蓄電デバイスです。主な用途としては、RTC、メモリー等のバックアップ用途やモーター起動時の電力のアシスト、供給用電源等があります。使用される機器はAV機器等のコンシューマ機器、プリンタ等のOA機器、カーオーディオ等の車載機器等、非常に幅広い分野で多岐にわたっています。」と説明をされています。

つまり、
電池・・・化学反応を通して化合物から電気の出し入れを行う
キャパシタ・・・コンデンサに電気を電荷として溜める
となります。  ここで大事なポイントは電気を電荷として溜めるためには物質の表面に多くの電荷を溜められる(帯電)ような表面積の大きい材料が必要ということです。そして、製品化を考える上でその材料は大きな表面積を有していることを前提で限りなく軽くなければいけません。重いということは製品化にとってかなりの懸念事項となります。現在市販されているスーパーキャパシタは軽くて表面積の大きい粉末状態の炭素系多孔質材料やそれら炭素多孔質材料に導電性ポリマーを混ぜてを用いていることが多く、粉末形状のため全体に電気が十分に伝わらず材料本来の性能を十分に発揮できないといった問題点がありました。今回、我々の研究グループでは導電性が優れ1枚に繋がった多孔質グラフェンを用いることで、グラフェン(担体)上で電子をスムーズに移動させてポリピロール(導電性ポリマー)の性能を最大限発揮させることに成功しました。これにより市販のスーパーキャパシタの10倍の出力密度を達成しました。今回の成果は導電性の優れた多孔質グラフェンに導電性ポリマーを担持すると担持したポリマーの性能が損なわれることなく発揮されることを示した論文であり、今後のポリマー担持スーパーキャパシタの開発の指針になることが期待されます。




図(左)グラフェンの表面にポリピロールを担持した状態を観察した電子顕微鏡像。(右)本研究の性能値。

論文は・・・残念ながら有料公開です。
タイトル
Bicontinuous nanotubular graphene–polypyrrole hybrid for high performance flexible supercapacitors


伊藤良一


追伸 現在の最高性能や最新研究動向など調べながら書きましたが間違いがあったら教えてください。

2015年12月1日火曜日

論文紹介:金属触媒を使用しないリチウム空気電池

 今回、私が所属している東北大学東北大学原子分子材料科学高等研究機構 (AIMR)で開発しているナノ多孔質グラフェンを用いることで金属触媒を使用しないリチウム空気電池の反応機構について明らかにしました。
 排ガスが出ない電池は次世代自動車である電気自動車に搭載されるクリーンな動力源として期待されています。しかし、現在最も普及しているリチウムイオン電池では1回の充電で電気自動車を200km程度しか走行させることが出来ず、ガソリン車並の走行距離を出せないことが問題視されていました。その解決法の一つとして、リチウムイオン電池よりも電気容量が5-8倍といわれているリチウム空気電池が注目されています。リチウム空気電池はエネルギー密度の高いリチウム金属(危険ですが・・・)を負極として、また、正極活物質を空気にすることで少ない体積で大きな電気容量を持たせることが可能です。技術的な問題点が山積していますが、現在このような次世代蓄電池を用いて1回の充電で自動車を500-600km走行させることができる次世代大容量蓄電池の開発競争が進んでいます。
 本研究グループは自動車会社などが行っている応用研究・商品開発ではなく、反応機構などを追及する基礎研究を行うことで新しい知見を社会に還元することを目指しています。本研究はこのような理念の元で国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)によるエネルギー高効率利用のための相界面科学CRESTの全面支援を受け、今回、窒素原子と硫黄原子を化学ドープした3次元多孔質グラフェンによる金属触媒が不要なリチウム空気電池の開発指針を示すことに成功しました。
 研究内容を簡単に説明すると、電極の単位重量あたり2000mAhの大きな電気エネルギーを持ち、かつ100回以上の繰返し充放電が可能なリチウム空気電池の開発に成功しました。現時点では1次電池としては優秀であることがわかりましたが、2次電池としてみた場合、充電時の過電圧が大きすぎて商品化には全く不向きです。しかし、実験結果を電気自動車の走行距離に換算すると充電1回あたりで500~600kmの走行に相当する結果が得られました。本研究は金属触媒を用いない環境に優しい電池の構築に役立つと期待されています。


図 (a)窒素ドープナノ多孔質グラフェン1000mAhg-1でカットオフ(b)窒素ドープナノ多孔質グラフェン2000mAhg-1でカットオフ(c)硫黄ドープナノ多孔質グラフェン1000mAhg-1でカットオフ(d)硫黄ドープナノ多孔質グラフェン2000mAhg-1でカットオフ(e)各ドープグラフェンのサイクル数(f)各ドープグラフェンの充放電過電圧の値の変化.


論文は・・・残念ながら有料公開です。
タイトル
Effect of Chemical Doping on Cathodic Performance of Bicontinuous Nanoporous Graphene for Li-O2 Batteries


伊藤良一

2015年11月10日火曜日

就活日記:つくば初面接

11月につくばの研究機関の採用面接に行ってきました。面接の連絡を受けてから5日後に2件面接というハードなスケジュールでしたが、さきがけの実験をしながら面接スライドを準備しました。今回は前回の東大准教授面接の反省を生かして対策を立てましたが効果が発揮されるときはありませんでした。面接によって聞かれることはかなり違うようです。勉強になりました。

仙台から筑波へのルートは無難に「仙台→東京→秋葉原→筑波」というルートを取りましたが、仙台から筑波は本当に行きにくいですね。仙台→東京にかかった時間と秋葉原→筑波研究機関にかかった時間はほぼ一緒。日帰りだったのでかなり疲れました。

筑波→仙台では、今回の反省のポイントをまとめてながら今回の面接準備で溜まりに溜まった雑務を片付けながら仙台に帰りました。10月にさきがけ取ってからは無休ですね、全く・・・。


どうしてこんなに就職活動しているかわからない方への「私個人」の見解と解説
研究員就職活動理系基礎知識①
・任期
研究員には基本的に任期があり、任期なしは基本的に教授のみ
ポスドク~助教:2年~5年の年俸契約による任期制
准教授:5年~10年の年俸契約による任期制、もしくは、任期なし
・任期切れ
任期が切れたら失業、研究機関を出て行かなければならない。そうならないために研究者は研究をしながら次の職を探し続ける。
・任期はあってなくても大差ない?(私の場合)
研究者は博士課程を卒業後いろいろな研究機関を渡り歩きながら、ポスドク→助教→(講師)→准教授とキャリアアップしながら教授を目指す。転職期間は人それぞれですが、2-5年スパンで異動していくため、任期が切れる前に昇進し続けるのがキャリアアップの観点で良い。この観点でキャリアアップを優先すると転職し続けるため、任期なしの職(助教~准教授)と任期ありの職は大差がない。(テニュアトラック職は除く、詳細は髙坂さんのブログへ)
・私の任期
2016年12月まで。次の更新はなし

このような背景で研究者は人によって転職頻度は違いますが教授になるまで就職活動をしながら研究を続けています。

伊藤良一

2015年10月13日火曜日

東北大学片平まつり2015 報告

10月10日~10月11日に東北大学付属研究所片平キャンパスでオープンキャンパスを開催しました。今年の片平まつりは大盛況でなんと去年の2倍の人数の一般の方にきていただきました。本営の発表によると二日間で大体14000人です。私が担当した原子分子ラボツアー(電子顕微鏡一般公開)は二日間で500人くらい来て頂き、最後のほうは声が枯れました。二日目は雨がちらつく悪天候でしたが、たくさんの人に来ていただくことができ、ホストとしてはとても有意義なイベントになったと胸を張っております。ただ、嬉しい悲鳴ばかりではなく、想定以上の集客で作ってみよう系イベントは材料がほとんど尽きて予定時間より早く店じまいをするとこが多かったようです。次回の反省点として多めに準備させていただきます。

片平まつり2015の様子


次回の片平まつりは2年後です。

伊藤良一

2015年10月2日金曜日

東北大学片平まつり2015のお知らせ(オープンキャンパス)

10月10日~10月11日に東北大学片平キャンパスの全付属研究所でオープンキャンパスを開催します。最先端の研究成果を噛み砕いて一般の人でもわかるように伝えるイベントです。対象は小学生~高校生となっています。(高校生向け入試説明会ではありません。)参加型アトラクションの割合が多いので子供連れで楽しめるような構成になっています。

東北大学片平まつり2015 本部サイト
東北大学片平まつり2015 WPI-AIMRサイト

私は今回も一般向け電子顕微鏡ツアー「原子・分子ラボツアー」を担当します。やさしいセミナーに参加し損ねた方は是非「原子1個」を見に来てください。

片平まつり2013の様子


伊藤良一

2015年9月18日金曜日

東大面接&さきがけ面接合否

当落
東大教員 不採用
さきがけ研究員 採用内定

東大面接
予想通りの結果に終わりました。初めての独立ポジションの面接ということもあり、自分の至らぬところや今後どうすればいいのかが鮮明となりとても良い勉強をさせていただきました。選考していただいた教授方に感謝をしつつ、今回の面接の反省を次回の面接に生かしたいと思います。

さきがけ面接
JST科学技術振興機構のプロジェクトであるさきがけ「再生可能エネルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出」の3期生として内定を頂くことになりました。本研究提案採択は、これまでご指導をしていただいた教授陣、研究をサポートしていただいた多くの同僚、そして、本学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)のおかげです。ご指導・ご支援をしていただいた恩に報いるためにも、さきがけ研究総括と共に税金を無駄にしないよう頑張って研究を行い、少しでも日本のエネルギー諸問題解決に向けて科学技術面から真剣に取り組んでいく所存です。

私がさきがけプロジェクトで担当する概要
再生可能エネルギーは天候や環境などに大きく左右されるため発電のため不安定供給が難しく(例えば、曇ったら発電できない)、また、電力消費地から遠い僻地での発電は発電地と都市を繋ぐ送電コストが高く、折角発電した電力が有効に使われないという問題点がありました。このような有効活用されていない電力をエネルギーキャリア(水素、アンモニア、メタンなどの分子)という形に一旦変換し、保存&運搬をしようというのがエネルギーキャリアの主旨の一つだと考えています。つまり、電気は貯められませんがエネルギーキャリアに一旦変換してしまえば、長期保存&圧縮運搬が可能になります。このような電気の貯蓄を可能にする基盤技術の開発を目指します。この基盤技術が理想的に完成した暁には、例えば再生可能エネルギーから水素生産が可能となり燃料電池車普及に必要とされている水素ステーション等の水素供給源の一つになると期待されています。

再生可能エネルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出
平成27年度 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)の新規研究課題及び評価者について(第1期)


伊藤良一

2015年9月5日土曜日

論文紹介:大容量の蓄電が可能な「リチウム空気電池」用電極材料の開発

今回、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業の一環として、東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の陳研究室から私が開発しているナノ多孔質グラフェンを使った高性能なリチウム空気電池の開発に成功しました。現在の電気自動車に使われているリチウムイオン電池の電気容量では、200 km程度しか走行できず、ガソリン車並に走行距離を伸ばすために新しいタイプの大容量の蓄電池の開発が望まれています。次世代電池は液漏れしない安全な全固体電池と確実視されていますが、このリチウム空気電池は全固体電池のさらに次の世代の革新的電池と期待されている一つの蓄電池であり、理論的な走行距離は500-1000 kmといわれています。本論文は1回の充電で500-600 km走行でき、かつ、100回以上充電できるプロトタイプ電池を報告したものであり、現在発表されているリチウム空気電池の中では世界最高レベルの性能です。まだまだ基礎的な課題が多く実用化には10年くらいの期間を要すると予想されていますが、今後は企業と連携しながら実用化に向けた更なる基礎研究の完成を目指していきます。

詳細はこちらのプレスリリースに記載されています。


図1 リチウム空気電池とその予想されている反応メカニズム
(a) リチウム空気電池の動作原理。
(b) コイン型電池を用いた実物大のリチウム空気電池の写真。
(c) ナノ多孔質グラフェン電極上の化学反応の様子と表面で行われているとされる化学反応式。

論文は・・・残念ながら有料公開です。

タイトル
3D Nanoporous Nitrogen-Doped Graphene with Encapsulated RuO2 Nanoparticles for Li–O2 Battery
雑誌のサイト


伊藤良一

2015年9月4日金曜日

やさしい科学セミナー開催@東北大学WPI-AIMR

9月2日に東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)にてやさしい科学セミナーを開催いたしました。対象は宮城県仙台第一高等学校の化学部と物理部の高校生合計20名でした。宮城県のトップランクの高校、かつ、化学部と物理部所属ということもあって講義の内容に踏み込んだ鋭い質問が多く、非常に利発で将来に期待が持てる有望な学生達でした。今回のセミナーは山田道夫先生(2015年度採択)のアンケートの結果にある「分断されている教科(例えば数学、物理、化学)が大学進学後どのように繋がっていくのか」を意識して準備を進めました。本セミナーを通じて少しでも科学の面白さを伝えられて大学院で行われている先端研究に興味を持って頂けたら幸いです。定員オーバーで参加できなかった方もYoutubeで少しでも最先端研究の一端に触れていただければと思います。また、このような科学セミナーを通じて日本の将来を担う若い世代に、研究職や大学進学への動機や活力になれば嬉しいです。

内容については理解をしてもらうことを優先にかなり噛み砕いて説明しましたので突っ込みどころがありますが、Youtubeのほうを見ていただくと今回のセミナーの様子がわかると思います。また、セミナーの写真をいくつか掲載しておきます。




講義中の写真




実験中の写真


宮城県仙台第一高等学校の化学部と物理部の高校生達との集合写真


今回は実験補助スタッフとして
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR) 藤田武志准教授
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR) 杉山一生特別研究員(PD)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR) 韓久慧(Jiuhui Han)東北大学総長特別奨学生(博士課程)
のサポートを受けて開催されました。


最後に、お忙しい中来ていただいた一高生の皆様、準備を手伝ってくださった顧問の先生、AIMRアウトリーチの皆様、国際科学技術財団皆様ありがとうございました!
そして宣伝ですが、東北大学オープンキャンパス片平祭りでも同じようなデモンストレーションを行います。今回機会を逃した方、興味が出た方、是非片平祭りではWPI-AIMRの研究所に見学に来てください。

伊藤良一

2015年8月22日土曜日

東大准教授初面接

8月お盆明けに東大の独立准教授の面接に行ってきました。助教の面接は3回ほど受けたことがありましたが、准教授レベルの面接は今回が初めてでした。今までの研究の集大成の発表でしたが、色々な研究テーマに手を出してるのでメインで押す内容以外ばっさり削りました。学生時代や助教面接時代と違って業績も増えているのでまとめるのが大変だと痛感し、学生時代のように教授がチェックしてくれるわけもなく独立とはこういうものなんだなと思いながら準備をしていました。そして、肝心の面接の中身ですがあまりうまくプレゼンが出来ませんでした。理由はおそらく明白で、私が感じ取った限りでは教授陣は独立研究室を持つには経験が足りてない&独立には何が必要なのかがわかっていないという印象を強く与えるプレゼンだったのかなと。質問に明確に回答できないことからも自分でも指導する側に立つのは早いなと感じました。東京→仙台の新幹線の中でこういえばよかった、ここは説明が足りてなかったなと反省しつつ、そういえば助教面接時代シンガポールから2回、ドイツから1回、面接のためだけに日本に戻ってきてとんぼ返りをしたのを思い出しながら、次回の面接に生かせる良い勉強の機会を東大の教授陣に頂けた非常に有意義な時間となりました。

目指せ今年度中の転出!(WPIがなくなる前に・・・)結果は1ヵ月後?さきがけ1期の結果とほぼ同時期になるかもしれません。

伊藤良一

2015年8月19日水曜日

子供の科学に研究が掲載されました

子供の科学9月号7ページに水蒸気発生の研究が掲載されました。
内容は子供向けですが、子供が科学に興味を持ってくれれば幸いです。




伊藤良一

2015年7月23日木曜日

さきがけ初面接

科学技術振興機(JST)のプロジェクトであるさきがけ「再生可能エネルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出」の面接に呼ばれましたので面談に望みました。詳しい内容は伏せますが、面接は無事に終わりました。堂々と発表し、鋭い質問を沢山頂き、自信を持って回答し、首を傾げられました。色々反省点が見え、大変勉強になりました。時間を割いて頂いた総括とアドバイザーの先生方には感謝いたします。今後の面接に生かせそうです。結果は2ヵ月後!

再生可能エネルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出


伊藤良一

2015年6月17日水曜日

論文紹介:太陽光を活用した高効率水蒸気発生

 今回、私が所属している東北大学東北大学原子分子材料科学高等研究機構 (AIMR)の融合研究グラフェンチームを中心として研究を行っていた多孔質グラフェンを用いて太陽光を吸収して高効率に水蒸気を発生させられる多孔質炭素材料の開発に成功しました。
 太陽光は無尽蔵に生み出される最もクリーンなエネルギー源として古くから活用されており、様々な分野で活用されています。近年、太陽光を直接電気エネルギーに変換する太陽電池の研究・実用化が精力的に進められています。しかしながら、この場合の太陽光エネルギーの利用効率(注1)は特殊な場合を除いて20~30%台であり、また、太陽光発電には多額の設備費・維持費がかかり、現段階では太陽光を有効に活用しているとは言い難い状況です。一方、太陽熱温水器やヒートポンプ等の太陽光を熱エネルギーとして活用する方法や太陽光を集光することで媒体を高温に加熱して発電に使用する太陽熱発電する方法があります。特に、太陽熱温水器はほぼ吸収した太陽光エネルギーをほぼ100%熱エネルギーに変換できることから、電気エネルギーを生み出す太陽電池と比べて用途は狭いですが、太陽光を熱に変換することでお風呂の湯沸しなどに使用する電気エネルギーを間接的に減らすことが可能となります。このように太陽熱利用は身近で手軽かつ非常に高効率太陽光利用の選択肢の一つとなりえます。
 本研究は、3次元多孔質グラフェンを太陽熱温水器の集光材料に使用することで、太陽光の熱エネルギーを効率よく吸収し、さらにその熱エネルギーが局所的に集中することで、水を一気に加熱し水蒸気を発生させることに成功しました。太陽光で加熱された水は比重差による対流現象や熱伝導によって熱が拡散するため、温度が均一化に向う結果、熱水は保持されません。しかし、本研究に用いた3次元構造を有する多孔質グラフェンでは、そのミクロサイズの孔内に捕らわれた水が熱が拡散することなく集中的に加熱されて容易に高温化できることから、水蒸気への変換効率を従来の56%(グラファイト粉を用いた材料)から80%に高めることに成功しました。




図.ナノ多孔質グラフェンの模型とその水蒸気発生。
(a)太陽光を吸収して局所加熱された水が水蒸気となり放出される概念図。
(b)実際に使われているナノ多孔質グラフェンの実物写真。
(c)ナノ多孔質グラフェンの表面のSEM像。
(d)ナノ多孔質グラフェンの側面のSEM像。
(e)実際に集光した太陽光を用いて発生した水蒸気の写真。

 3次元多孔質グラフェンを用いた本研究成果は、太陽光エネルギーを水蒸気発生のための熱エネルギーに高効率変換する手軽で、かつ、コストあたりの得られるエネルギー(cost-effective)な方法を提供できる可能性が示されました。環境負荷が高い従来の金属性集光機を使用せず、また定積モル比熱が一番低い炭素を使うことで環境負荷を軽減するだけでなく、集光機自体を加熱するための熱量も小さいことから熱の無駄を小さくできる可能性があります。

 本研究が理想的に完成した場合は、本材料と無尽蔵にある太陽光を用いて「水の浄化」に使うことが可能になると期待されます。水の浄化が必要とされている例として、下水の純水と汚泥の分離があります。近年の地方都市発展に伴う下水処理場能力超過とそれに伴う環境負荷が問題になりつつあり、下水処理場を増やすのではなく現在ある処理場の処理能力を向上させて対応することが一つの解決策になるのではないかと考えられます。通常、汚泥を分離するには膨大な下水を大きな貯水池に何日も貯めておくことが必要とされます。そこで、貯水池に下水を貯めている間に本材料と太陽光を用いて下水を効率よく蒸発させられれば、純水と汚泥の分離を促進でき、かつ、下水が処理に必要な分量の減少(濃縮)と同時に純水(工業用水)も確保できると私は考えています。また、下水処理施設が「河川を汚染しない程度の下水処理を施す施設から、下水から純水を生成できる施設」に変わり、下水処理施設の存在意義そのものが大きく転換されるかもしれません。このような身近でかつ経済活動に密接に繋がっている水の浄化技術は、地方都市の下水処理場不足と工業用水不足解消への同時貢献ができるのではないかと夢が膨らみます。  今後は、太陽光利用拡大を目指してナノ多孔質グラフェンの大量生産の手法開発が可能な企業と連携して水の浄化について模索したいと考えています。

プレスリリース(国立研究開発法人科学技術振興機構、JST)
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20150617/index.html
論文は・・・残念ながら有料公開です。

タイトル
Multi-functional nanoporous graphene for high-efficiency steam generation by heat localization (多機能化されたナノ多孔質グラフェンを用いて局所加熱手法を利用した高効率水蒸気発生)

用語説明 (注1)エネルギー利用効率
太陽光が持つエネルギーがどれくらい電気エネルギーや水蒸気発生エネルギーに変換されたかを示す効率。例えば、太陽電池は20%のエネルギー効率なので残り80%は使用されていない。

伊藤良一

2015年6月13日土曜日

論文紹介:熱分解を利用した大量に作成できるグラフェン構造を持つ炭素

今回、ドイツの世界的有名なMax-Planck-Institut für Polymerforschung(マックスプランク研究所)のディレクターであるKlaus Müllen教授の元で研究を行った研究成果がアメリカ科学雑誌Journal of the American Chemical Society (JACS)に掲載されました。Muellen教授は世界トップ100の化学者に選出されているほど著名であり、グラフェン/グラファイト研究の第一人者といえるほど有名な論文をいくつも世に送り出し続けています。このたび掲載が決まったこの科学誌では世界トップ3にランクされる化学系総合雑誌であり、Muellen教授の指導の下で私が研究を行った最後の仕事(論文)となります。ドイツ留学時代では様々なことをMuellen教授から学び、そして、今に繋がっていると思うと、論文が世に出たという嬉しい反面とても寂しい気持ちです。

肝心の論文の中身ですが至ってシンプルです。グラフェン/グラファイトの構造はベンゼン環がいくつも連結している構造であることに注目すると、図1のようなベンゼン骨格を持つ分子を混ぜて加熱すればグラフェン/グラファイトが簡単にできるのではないかと考えて行われた研究です。大学1年生の化学で習う基礎知識ですが、ベンゼンは共鳴構造をいくつも取りうる形をしおり共鳴安定化しているため、その構造はエネルギー的に安定です。このため、ベンゼンをいくら加熱してもグラフェン/グラファイト構造にはなれません(正確にはなりにくい)。したがって、ベンゼンに官能基を導入して反応性を高める必要が生じました。そこで本研究はベンゼンの6本の手全てを塩素で置換し銅を反応材として加熱をすることでこの問題を克服し、大量のグラフェン/グラファイト構造の作製に成功しました。また、ベンゼンの代わりにピリジンを塩素で置換することで同様に窒素が導入されたグラフェン/グラファイト構造の作製にも成功しました。このように混ぜて加熱するだけで大量のグラフェン/グラファイト構造を持つ材料開発は商品化する際に障害となる大量合成の問題を克服できる一つの手法であるといえます。本グラフェンの構造を有する炭素は触媒や電池などエネルギー分野で使うことが可能です。


論文は・・・残念ながら有料公開です。

タイトル
Tuning the Magnetic Properties of Carbon by Nitrogen Doping of Its Graphene Domains
雑誌のサイト
http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/ja512897m


伊藤良一

2015年5月16日土曜日

研究紹介:3次元構造を持つナノ多孔質グラフェン

研究紹介:3次元構造を持つナノ多孔質グラフェン

 グラフェンはよく電気を通す2次元シート材料として電気デバイス、蓄電デバイス、光/イオンセンサー、触媒などの分野で研究が盛んに行われており、安価 で化学耐性、耐熱性、機械耐性が強いため、シリコンや貴金属の代替品として有望視されている材料です。現状では、液晶ディスプレイや電極材料として一部実 用化されていますが、なかなか実用化まで至っていないのが現状です。その理由として作製コストが高い(=需要が少ない)という事情があります。では、何故これほど盛んに研究されているにも関わらず、需要が伸びないのかは様々な理由が考えられます。その一つの理由として、グラフェンが2次元シートであることが挙げられます。グラフェンは様々な優れた性能を持ちますが、炭素1個分の厚さを持つグラフェン1枚では実用的な性能を出すことは出来ません。したがって、何百枚も何千枚もグラフェンを使って実用に耐えられるレベルが出るまで性能を「加算」させなければなりません。しかし、乾電池などと違ってグラフェンの場合、1枚+1枚が2枚分の性能になるとは限りません。つまり、積層または集合化した場合、予期せぬ電気的ショートによる電気回路制御の困難さ、また、重なっているグラフェンの内部に分子やイオンが入り込めず化学反応が必要となる製品(電気デバイス、蓄電デバイス、触媒など)には不向きになってしまうからです。このような背景から、グラフェンは2次元シートであるため応用用途に制限が出来てしまい、性能値/重さは優れているが体積換算した性能値(性能値/体積、もしくは、性 能値/重さのどちらかが性能を決める指標)が他の(炭素)材料よりも劣っているという問題があります。このため、世界中の科学者が2次元シートであるグラフェンに何とかして3 次元構造を持たせようと様々な試みがされています。



 私の所属している東北大学WPI-AIMR研究所にある融合研究グラフェンチームでは、世界に先駆けて3次元構造を持ったグラフェンの開発に成功しました。化学気相蒸着法を用いて図1(a)のナノ多孔質ニッケルの表面にグラフェンを成長させることによって、ナノ多孔質ニッケルの幾何学構造を維持した図1(b)3次元ナノ多孔質グラフェンを作成しました。このナノ細孔をもつナノ多孔質グラフェンは2次元グラフェンが持つディラックコーン型電子状態密度を維持していることが明らかとなりました。このような孔が無数に空いている状態では化学反応が促進され、グラフェン実用化に向けて障害であった体積あたりの性能を飛躍的に向上させられる可能性が示唆されました。このナノ多孔質グラフェンは水素ステーションでのその場水素を発生させたり燃料電池車の電極に応用できると期待されています。


図1. ナノ多孔質ニッケル上に成長した3次元ナノ多孔質グラフェン(左)とニッケルを溶かした後の3次元ナノ多孔質ナノ多孔質グラフェン単体(右)
<論文紹介> http://www.wiley.co.jp/blog/pse/?p=27494


本助成金ではこの3次元ナノ多孔質グラフェンの量産化研究については行えませんが、製品化に向けて量産化をしたいと考えており量産化ができる企業を探している最中です。

用語説明
・化学気相蒸着法 目的物質の前駆体を含んだガスを高温で加熱しながら流すことにより、化学的に薄膜する手法である。熱分解された分子は基盤表面上で化学反応を起こし、その反応によって1層から数層の膜を作成することが出来る。

・ディラックコーン型 ディラックコーンとは、理想的な2次元物質であるグラフェンの特異な電子状態を示す用語である。その電子状態は電子の運動量とエネルギーが線形の関係を持ち、円錐型バンド構造を持っている。

2015年5月2日土曜日

研究活動報告:贈呈式の写真と日本化学会優秀講演賞

2015/04/22
贈呈式の写真を添付させていただきました。
友人に見せたところ、私のほうが贈呈している側に見えるとのこと。


2015/05/01
日本の化学者のほとんどが所属している「日本化学会」より
第95 春季年会(2015)優秀講演賞(学術)を頂きました。
学生時代も第90春季年会(2010)学生講演賞を頂きまして
時の流れは感慨深いものがあります。

伊藤良一

2015年4月25日土曜日

ありがとうございました&ブログ開始

関係者へのお礼
2015年度の国際科学技術財団研究助成に採択されました
東北大学・原子分子材料科学高等研究機構・助教・伊藤良一と申します。
非常に多くの候補者から助成対象に選ばれましたこと大変嬉しく思います。
審査員していただいた先生方、ならびに、財団の方にお礼を申し上げます。
この栄誉に邁進せずしっかりと研究を進めていきたいと思います。

ブログについて
研究(と雑用)が非常に忙しくそんなに頻繁に更新は出来ませんが
研究進捗、購入履歴や活動報告などをブログを通じて
ご報告させていただければと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。

当人の所属
http://www.wpi-aimr.tohoku.ac.jp/jp/research/researcher/ito_y.html
http://www.wpi-aimr.tohoku.ac.jp/chen_labo/

研究記事紹介
高い電気伝導性を持った3次元グラフェンの開発に成功
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20140407/index.html
http://research.wpi-aimr.tohoku.ac.jp/jpn/research/838
グラフェン: 3次元ナノ細孔で触媒反応を成功させる
http://research.wpi-aimr.tohoku.ac.jp/jpn/research/854
貴金属触媒を使わない水素発生電極の開発
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20141209-2/index.html
http://research.wpi-aimr.tohoku.ac.jp/jpn/research/898

次回のブログ予定
当助成対象に選ばれました世界で初めて作製に成功した
「3次元構造を持ったグラフェン」についての解説

伊藤良一

2015年4月23日木曜日

藤田・伊藤研究室への配属を希望される学生の皆さんへ

藤田・伊藤研究室では、物理系と化学系に研究が分かれていますがお互いの得意分野を生かして共同で研究室を運営しています。私は主に化学(物理化学)の研究を行っていますのでこちらの指導方針について紹介します。

指導方針
学生の自主性を重視します。自主性の尊重とは即ち、自己管理や自己責任を伴った真の実力を身につけて巣立ってもらうことを目的としています。社会に出てリーダーとして活躍できるように「問題提起からの自己解決」というプロセスを自主的に行えるように研究室での活動を通して研鑽してもらいます。

博士課程進学者希望者は学振取得を推奨
研究者への第一歩とも呼べる学振取得は非常に大切です。研究者になるために必要な研究指導を行います。

企業への就職希望者はプレゼン能力習得を推奨
研究成果をわかりやすくまとめて誰にでも理解してもらえる発表能力は社会に出ても非常に重要です。現状報告、問題提起、解決手段の提示、結果、考察、まとめ、などの一連のロジックを的確に組み立てられるように日々トレーニングをして行きます。

留学を推奨
英語は必須です。英語環境ではない状況での英語習得は容易ではありません。そこで本研究室では、若いうちに英語を身につけてもらうために、海外にある関係研究室への留学を推奨しています。

最後に
実力をつけるということは決して楽なことばかりではなく苦しみを伴います。しかし、その苦しみを乗り越えた先にその先に皆さんの大きな成長があると信じています。皆さんの夢の実現への一歩を応援できるように研究室運営を心がけています。

本研究室を希望するにあたり藤田教授からのメッセージも合わせてご覧ください。

本研究室へ所属希望の博士研究員の方
本研究室に博士研究員 (PD) として在籍希望の方は、随時下記連絡先までご連絡ください。外部支援制度の利用が前提ですが各種ご相談に乗ります。

見学・面会
本当研究室の見学・面会希望の方は遠慮なくいつでも下記までご連絡下さい。

藤田・伊藤研究室連絡先
伊藤良一 准教授
ito.yoshikazu.ga@u.tsukuba.ac.jp (@を半角に変更してください)

伊藤良一